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2006年6月 5日 (月)

沼尻鉄道の夢

 沼尻鉄道をご存知ですか。廃線されて40年近くが経ってしまうので、地元の年配の方かマニアでもないかぎり、知りえない名前かもしれません。Inawasiro2_4

   正式名称は「日本硫黄沼尻鉄道/磐梯急行電鉄」です。電鉄と言っても電化はされていませんでした。するつもりだったという名称です。沼尻鉄道は、福島県の猪苗代湖の畔にある川桁(磐越西線)から沼尻までの15,7kmの、いわゆる軽便鉄道でした。「汽車の窓からハンケチ振れば」という歌詞で知られる「高原列車は行く」の曲(作詞・丘灯至夫 作曲・古関裕而)の舞台になった鉄道です。沼尻の奥にあった鉱山から硫黄を産出していました。沼尻の周りには沼尻温泉と中ノ沢温泉があり、古くからのスキー場もあり、首都圏からも客も多く訪れたそうです。

 この鉄道が大好きで、仲間と模型化する試みをしています。その準備に廃線跡に皆で出かけました。僕は「磐梯山の麓の田園風景を走る小さな鉄道」くらいのイメージしか持ち合わせていませんでした。地図でも奥の沼尻で標高800mくらいしかありませんから、上の曲は創作のイメージだと思っていたのです。Dscn2285

 前日は台風1号が熱帯性低気圧に変わったとはいえ、その影響が大きく、荒れ模様の天気。磐越西線を走る蒸気機関車のC57を撮りに行く途中の喜多方もこんな空模様でした。ラーメン好きの僕は、勿論、食べましたが、東京の喜多方ラーメンの店より美味しいかと言われれば・・微妙・・店によるんでしょうけど・・・う~~ん、それよりメンバーのクリリンが連れってくれた野口英世館の近くにある猪苗代ビールと手作りソーセージの方が美味かったですね。

 休題閑話、翌日は晴れ渡るいい天気に恵まれました。Dscn2313出発点の沼尻駅跡地です。駅舎の位置は90°グルリと変わっていますが、40年近く経って残ってる事が奇跡です。地元の有志の皆さんの努力なんです。そして停留所跡地にはこうした標が立てられていました。歩き出してみて、ここが高原であるという実感が湧いてきました。Dscn2320 上の曲はイメージだけじゃなかったんだと、仲間と話したのです。Dscn2355 磐梯山もキレイに見えていました。室内の仕事が多い僕は、久しぶりの森と太陽だったのです。訪れて、ますます沼尻が好きになりました。詳しい話はHPに書きますが、このブログをご覧になってる方に紹介したかったんです。日本の発展の為に頑張ったこんな小さな鉄道があった事を知って欲しいなあ・・・と思ったのです。

 僕の作った沼尻鉄道・酸川野の停留所の模型です。Dscn034711 いつか公開運転しますので、興味を持たれた方は、是非、遊びにいらしてください。Dscn2347酸川野の現在、バス停があってこんな感じに変わっていますが、杉林とか当時を彷彿とさせる風景でした。国道の近くで近所の人が山菜を売っていました。姫竹を買って、東京に戻ってから炊き込みご飯にしましたが、涙が出るほど美味かった~~~山菜の天ぷらも!!沼尻にまた行きたいなあ。普段は若い頃に戻りたいとも思わないけど、この時ばかりはタイムマシンが欲しかった僕です。

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