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2006年3月31日 (金)

都電の石畳

 ちょっと料理の話が続いたので、趣味の話も・・・先日(29日)の定休日に、小金井公園へ、細君と連れ立って行ってきました。お花見です。あまり期待していなかったのですが・・・見事に裏切られました!Dscn2107 自宅の井の頭公園とは違う、桜の大木に圧倒されました。いやあ素晴らしいお花見でした。

 実は世間一般でいうお花見が嫌いなんです。宴会で大騒ぎしてお花見をする事についていけません。昔、京都に暮らした頃に、嵐山で夜桜見物をしました。おぼろ月夜で濃紺の空に桜色。思わずため息がでます。そんな所に酔客が奇声をあげて通り過ぎました。楽しみ方は人それぞれでしょうけど、その時に、何か本末転倒のような気がしたのです。当然、自宅そばの公園には、この時期には近づきません。細君と一献傾けてしみじみとするなんていうのが、到底望めないからです。こんな偏屈も居るということです(笑)

 折角、小金井公園に来たのだからと、再び、たてもの園にも入りました。2月に書いた「できゆくタワーの足もとで」展ですが、3月26日で終わった筈が、9月3日まで延長展示になっていました。好評だったようです。お腹も空いたので高橋是清邸で蕎麦を食しました。更科系の蕎麦で、まあ、こんなもんだろう程度の味でした。うどん粉が多い蕎麦は苦手です。外に出て前回気付かなかった足もとに目がいきました。「あ!」と思わず声が・・・足元の石畳のパターンが何と都電の石畳と同じだったんです。レールの部分が黒の石になっています。係員に尋ねましたが、詳細は判明しませんでした。Dscn2115都電7500形の保存車両がある石畳は、どうみてもオリジナルとは違っていて、後から作ったもののように思えたのですが、ここの石畳は知っている都電のそれと同じだと思ったのです。Dscn1790_1 地面に這いつくばって採寸しました。訳の分からない人は怪訝そうな顔で 通りすぎます。そりゃそうです。通路の石にメジャーあてて寸法を取っているんですから、可笑しな光景です。Shikiishi2a 模型寸法にしたのが、これです。ほぼ間違いありません。どういう事情で保存車両に使われなかったのかは知りませんが、何かの説明があってもいいような気がしました。上の写真の左側にも、手前の右側にも同じように続いているんです。黒の石畳が交わって居る所は、いわゆる交差になっています。好きな人間には、たまらない石畳の話でした。

 

2006年3月23日 (木)

ウズベク料理-2

 ウズベキスタンの国民食とも呼べるのが「プロフ」です。中央アジアのどの国にもあり、冠婚葬祭に必ず出てくる料理です。大きな「カザン」と呼ばれる鉄鍋で作ります。File00021 色々な種類のプロフがありますが、基本は人参と羊肉と米、玉ねぎとニンニクです。玉ねぎとニンニクは中央アジアが原産ですから、本当によく使われます。人参は黄色で、市場に行くとプロフ用に切ったものを売っています。File00041

 街中のチャイハネ(軽食喫茶)でも市場でも、朝、作りたてのプロフを売っています。 注文すると丼によそってくれて、上にミックスサラダをのせてくれます。ふっくらとしたプロフは、本当に美味しいものです。プロフは売切れるまであるので、午後になるとパサパサになってしまいます。胸焼けしそうな感じになるので、午前中に食べることをおすすめします。File00031_1

 シルクロード・オアシスにもプロフはあります。やはり、現地と同じく、まとめて作るのでお店がオープンして間もない時間がおすすめです。 File00011

2006年3月20日 (月)

ウズベク料理-1

 中央アジア料理店「シルクロード・オアシス」の一番の売れ筋は「シャシュリク」とナンです。Dscn2089 羊肉は最高級のアバラ骨のロースの部分を使っています。脂の混じった部分もジューシィで絶品です。炭火でじっくり煙の中で焼き上げます。現地で作り方を聞いた時に「ただ肉を焼いて塩をするだけだ、好みで唐辛子もかける」と言っていましたが、あきらかに軽くマリネしてありました。この調合で店の味が決まるのでしょう。私は隠れて嘗めて確かめて会得しました(笑)Fileshashurik写真は、久しぶりに作ったナンとシャシュリクとチャイです。

 ナンはタンドール(ヨコ型でピザ窯に近い)で焼きます。サマルカンドのものが一番美味しいといいます。とても軽い感じのパンです。直径が20cmくらいもありますが、ぺロっと平らげられます。 Filenan_1

 一緒に飲むのはチャイです。ウズベキスタンより西に行くと、チャイはサモワールで淹れます。西のチャイは砂糖を入れて飲みます。でも、ウズベキスタンは急須で入れて、茶碗で飲むんです。 砂糖も入れません。緑茶(コク・チャイ)と紅茶(カラ・チャイ)の両方がありますが、緑茶の方が体にいい(カテキンが多い)と言われ、一般的です。東アジアに近いお茶です。 ちなみにコクとは青を、カラは黒を意味します。余談ですが、トルコ語でも黒海は、カラ・デュニーズと言います。

ウズベク料理店の話-2

 やろうとしたウズベク料理店ですが、それは2001年の春の事でした。大使館とも打ち合わせなどして準備をすすめていました。店の名前は「シルクロード・オアシス」看板のデザインも内装のデザインも考えていたんです。 Dscn2088_2 その年の8月に、ウズベキスタンに行き、仕入れなどの手筈を整えていたのです。

 なかでも注目したのは茶器や陶器の人形などです。安い上に日本人に絶対に受けると確信していました。Dscn2086_1 外国のこうしたものの多くは、好みに合わないものが多いのですが、ウズベキスタンのそれは「かわいい」のです。これが重要です。写真をご覧になれば分かりますが、漫画のアラレちゃんのキャラクターみたいなんです。

 下準備は出来てきたと思いつつ、帰国したのは8月末です。その10日後に、あの忌まわしい事件が起こりました。9・11です。ウズベキスタンもイスラムの国で、お隣がアフガニスタンです。夢もガラガラと音を立てて崩れたような気がしました。作りかけたルートも、あの地域が落ち着くまでは無理だと思ったのです。

 私が作ろうとした店をシュミレーションでご紹介します。行ってみたいと思っていただけたら、未来につながるかも・・・・どなたかお金のある方がやってみたいと言うのであれば、ご協力しますよ(笑)

2006年3月19日 (日)

ウズベク料理店の話-1

 西域という言葉があります。NHKのシルクロードなんかをご覧になった方はピンと来ると思います。西域は私がこうした国々に興味を抱いた原点でした。西域は文字通り中国の西を指します。トルコ系などの騎馬遊牧民族の国々です。漢民族とは違う人々が暮らしていました。

 中央アジアは近年までソビエトの一部でした。連邦が崩壊して各国が独立しました。そんな国の中に「ウズベキスタン」という国があります。トルコ系ウズベク人の国です。この国は私にとって長く憧れの国でした。首都はタシケントですが、サマルカンドやブハラといった古都を有する国です。歴史上でティムールが一大帝国を築いた末裔です。Save00881 Save008511

 全くの独りよがりな思い込みなんですが、この国に自分と同じ血が流れる人々が居ると思っていたのです。大ぼらだと笑ってお読みください。Aという民族がモンゴル高原に居て、片方は西域に、もう片方が樺太経由で日本の北方に流れてきた・・・これは学問的な話ではありません。いわゆる「血が騒ぐ」という感じなんです。(↑祖母にそっくりなスパイス売りのおばあちゃん)戯言はこれくらいにして・・・

 ウズベキスタンは、まさにユーラシア文化の十字路です。北にヨーロッパから極東に続く草原地帯、東にチベットと中国、東南にインド、南にアラブとペルシャ、西にギリシャから続くヨーロッパ。料理もまさに東西南北の混合地帯です。プロフ(ピラフ)、ナン(丸いパン)、サモサ(ミートパイ)、マントゥ、ラグマン(うどん)、シャシュリク(焼き鳥のような羊肉の串焼き)などなど、バザールという言葉がぴったりとするのです。日本人には取っ付き易いエスニック料理です。一時期、このウズベキスタンのウズベク料理店を本気でやろうとしていました。

中東料理って?最終話

 1と2を読まれた方は「じゃ中東料理って、具体的に、どんな料理なんだ」という疑問を持たれたでしょうね。大きく4つに分けた中東料理を一括りで表現するのは、凡人の私には出来ません。これは、アジア料理と言って。日本、朝鮮半島、中国、東南アジアを一括りにして話すようなものです。ですから、中東料理という言葉は今回限りにして、それぞれの料理についてお話します。ただペルシャ料理は専門外なので割愛させていただきます。

■トルコ料理とアラブ料理

 トルコ民族はモンゴル高原に端を発し、長い歴史の中でユーラシアを駆け抜けて、今の小アジアまでたどり着きました。ですから色々な文化を吸収してきたのです。歴史の中で、どこから現代と結びつくトルコと呼ぶか・・・諸説あるでしょうが、料理的には、まあ、セルジューク・トルコ以降あたりからが無難な線です。トルコ料理の特徴は、乳製品の多用にあります。例えば中国の水餃子の中身を羊肉にして作り、食べるときにニンニクを混ぜたヨーグルトをかけ、溶かしバターを更にかければ、立派なトルコ料理です。料理名も「マントゥ」です。串に刺した焼肉(シシ・ケバブ)にもヨーグルトなどを使います。炒めるのはバターだったりします。ピラフ(ピラウ)も有名です。ピラフはペルシャ料理の影響です。こうした料理が最も古い形のトルコ料理です。

 トルコ料理は、オスマン・トルコの繁栄と共に変化していきます。様々な食材と調理法が各地からもたらされます。オリーブ・オイルを使うようにもなります。逆にトルコから他国に伝わったものもあります。シシケバブは、アラブ世界ではシシカバブです。面白いのはトルコでは肉の固まりですが、アラブでは挽肉です。トルコ料理の挽肉はシシ・キョフテといいます。アラブにもコフタという料理がありますが、これは串には刺しません。これが北アフリカのチュニジアにいくと、ポテトと魚のすり身のパテをコフタと呼ぶのです。更に西のモロッコまで行くと、再びコフタは挽肉になります。ややこしい話です。この話だけでも一筋縄では、いかない事がお分かりいただけるでしょう。

 話をアラブ料理だけに限ってお話するだけでも大変です。本当は、アラブ料理というものは存在しません。「はあ?」と皆さんのため息が聞こえてきそうです。そうなんです。アラビア半島の多くのアラブ人は、ベドウィンと呼ばれる遊牧民です。彼らの料理をアラブ料理と単純に呼べないのです。つまりイエメンとかレバノンなどのように定着して料理を育んできたものもあるからです。これらは、正確にはベドウィン料理、イエメン料理、レバノン料理と呼ぶのが正しいのです。アラブ料理という言い方は、欧米の人間が便宜上、そう呼んだに過ぎません。それぞれに全く違う料理です。政治的にアラブの雄とされるエジプトにしても、料理は、これまた、全く違うものになります。例えばの一例ですが、カプサ(ベドウィン)、ビリヤニ(イエメン)、キッビ(レバノン)、モロヘイヤ(エジプト)これらは、他の国にはありません。それぞれの国のものです。特定の国の料理が他国に広まったものもあります。日本でも一般的なスパゲッティを例にお話すると、パスタは、ナポリなど南イタリアの料理でした。トリノとかミラノやベネツィァなど北イタリアでは、近年まで食べられていませんでした。それが今ではイタリア中で見受けられるようになりました。それに似たアラブ料理が、ホムス(ヒヨコ豆のディップ)、ババガヌージ(焼きナスのディップ)などです。

 アラブの多様性を少しご理解いただけたでしょうか。今、悲しみのどん底にあるイラクにしても、イラク料理として、他の国々とは全く違うのです。

 一般的な知識として、この中東世界の違いを認識していただけたら充分だと思います。

2006年3月11日 (土)

中東料理って?その2

 多くの方が中東料理を勘違いしてるのは、肉が主食だと思っていることです。現地で暮らすと、思うほど肉を食べない事に驚きます。

 遊牧民の文化を考えてみてください。厳しい自然の中で、放牧している羊を頻繁に食していたらどうなるでしょう。羊が一匹、羊が二匹・・・眠らないでくださいね。そうなんです。大事な家畜が、あっという間に居なくなってしまいます。一年に数度、何かのハレの日以外は食べないんです。普段はヤギや羊の乳の加工品であるバターやチーズ、ヨーグルトが食卓にのぼります。そして主食はパンです。定住しない彼らには野菜も貴重なものです。ですから乾燥した豆なども多用します。これが中東料理のベースにあるものです。

 トルコ料理が世界三大料理と言われるのは、その前身のオスマントルコの栄光にあります。ペルシャもアラブも北アフリカも傘下に置き、その美味しいとこを総取りしたのが、トルコ料理ですから、むべなるかなです。他の国々の人が、苦々しく思うのも、そんなところに理由があります。

 中東で古くから最も洗練された料理は、ペルシャ料理でした。トルコ料理もアラブ料理もペルシャ料理から多大な影響を受けています。

 アラブ料理の代表は、レバノン料理だと書きました。その地政学的な位置から、レバノン料理は、地中海料理の影響が色濃くあります。

 以上のことから、中東料理の位置関係が、皆さんにも見えてきたと思います。

中東料理って?その1

 今回は専門である料理について書きたいと思います。中東料理は、まだまだ日本では未知の分野です。一般の方にはイメージさえありません。そこで、少しでも理解していただきたいので、歴史を交えてお話します。

 中東の文化は基本的に、遊牧民の文化がベースになっています。この中東という言葉も語弊があります。中東はアラブ世界なんです。それに非アラブのトルコとイランがあります。民族的にトルコはトルコ人ですし、イランはペルシャ人です。乱暴な言い方ですが、他はアラブ人なんです。例外はイスラエルです。民族的にはアラブ人と一緒ですが、宗教が決定的に違います。ここでは政治的な問題が多いので割愛します。

 つまり、トルコとイランを除いたら、他はアラブ料理なんです。それは、アラビア半島の国々の料理(サウジアラビア、オマーン、イエメン、イラク、湾岸諸国、シリア、ヨルダン、レバノンなど)です。

 北アフリカをアラブ料理に入れるかは、人によってマチマチです。北アフリカ(エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、モーリタニアなど)は、土着的な独自の文化が混じっているので前者のアラブとは明らかに違っています。こうした事からアラブ世界では、東をマシュリク(日の出るところ)、西をマグレブ(日の沈むところ)と言います。

 一般的にアラブ料理と言えば、マシュリクの料理を指します。なかでも、そのバリエーションと完成度から、レバノン料理がアラブ料理の代表格と言われます。

 懸命な皆さんは気付かれたと思います。中東料理は、大きく4つに分けられます。マシュリクの料理、マグレブの料理、そしてトルコ料理とペルシャ料理です。    

2006年3月 3日 (金)

岡山紀行

 不思議な体験をしました。毎日、通っている中野のガード下から、21時15分に出発する岡山行きの高速バス。初めて利用させていただいたのですが、飛行機より快適な独立型リクライニングで爆睡しました(笑)目が覚めると岡山でした。

関東バス(KBバス)ホームページ http://www.kanto-bus.co.jp

中鉄バス ホームページ http://www.chutetsu-bus.co.jp/

 樋口さん3枚+野口さん1枚で往復出来るんです。むこうには朝8時に着くので、30年ぶりの倉敷にも足を運びました。パリに行く前に訪れたことのある大原美術館で、名作に再会。涙が出そうになりました。Dscn1999 倉敷は、アンノン族の頃から整備され続けてきたんですねえ。美観地域は、昔より整備されてましたし、街全体が歴史ある佇まいを保存しています。

Dscn2063  Dscn1983  僕がおすすめするまでもない観光地ですが、高速バスで行く、タイムカプセルのような旅に魅力を感じました。冬季オリンピックの男子フィギュアの高橋選手の故郷でもあります。がんばれ~高橋~荒川選手の金であまり注目されなかったけど、あなたの成績は素晴らしかったです。大好きですよ~(笑)

 その後に岡山市に戻って(JRで往復640円)今回の目的である路面電車を堪能しました。Dscn2007a 駅前のポストに筆を持った桃太郎が寝そべっています。岡山だあ~

 路面電車は、東口の駅前から桃太郎大通りを東に走ります。柳川で青輝橋行きと分離、もう一つの線は日本三大庭園の後楽園の手前を通って西大寺町(軽便ファンならゾクゾクする地名・笑)Dscn2009を通って終点の東山まで走ります。実にこじんまりとした路線で、路面電車の旅を堪能出来ました。

 この日、木曜日は有名なmomoが点検日で、残念ながら走ってはいませんでしたが、東山の車庫で見ることは出来ました。乗りたかったなあ。Dscn2046 岡山電気軌道を楽しむのには、一日乗車券(500円)が便利です。岡山市内を走る岡電バスにも乗り放題ですから、絶対お得です。路面は一回140円ですから、あっという間に元が取れますよ。乗車券は裏側がスクラッチになっていて、日付をコインで擦るタイプです。

 岡山城、後楽園は勿論ですが、僕の趣味で面白かったのは城下で降りてすぐの所にあるオリエント美術館。2階にある喫茶「イブリック」で、是非ともアラビックコーヒー400円を堪能してください。メニューの名前はアラビックコーヒーですが、本格的なジェズベDscn2064 (ポット)で淹れるトルココーヒーが美味しいですよ。 それと東山にある岡山電気軌道本社で売ってるmomoグッズもおすすめです。特にジッパーを閉じる部分が路面電車になってるストラップ(50cmくらいもある!)邪魔になる感じが最高です(笑)

 一日だけの滞在でしたが、朝8時から高速バスが出る20時55分まで、たっぷり倉敷と岡山市を楽しみました。こういう旅もいいですね。

 案内してくれた良佳へ、海外赴任頑張れ~ママと応援してるからね。

Dscn2013 Dscn2054 Dscn2036

 

 

岡山電気軌道 ホームページ http://www.okayama-kido.co.jp/tramway/

2006年3月 1日 (水)

ムサカと料理の言葉

 地中海世界に「ムサカ」という料理があります。日本でムサカと言えばギリシャのナスの重ね焼きを思い浮かべる方が多いんですが、実はこの料理は、アラブ料理がルーツです。

 料理のルーツを知る手懸りは、料理名の言語です。例えば「シシケバブ」は、シシカバブとかシークカバブなんて名前になったりしますが、他の国では固有名詞になっていて言葉としての意味が分かりません。日本のテンプラやバッテラ(どちらもポルトガル語)みたいなものです。「シシケバブ」は実はトルコ語なんです。意味は「シシ」が剣で「ケバブ」は焼肉という意味です。「剣に肉を刺して焼いた」 この料理の起源と光景が見えるようです。トルコ民族は、モンゴル高原に端を発し、中央アジアを席巻し、現在の小アジア半島まで長い年月をかけてやってきました。遊牧、戦さ、移動の中で生まれた料理に違いありません。

 「ムサカァ」は「冷たい」というアラビア語から派生した言葉で、総じて「冷めても美味しい」といった意味合いになります。ですから中東では、材料がナスとは限りません。ギリシャでは「ナスの重ね焼き」を指す固有名詞ですが、隣のトルコでは「パターテス・ムサカ」(ポテトのムサカ)という料理があったりします。ナスのムサカは「パットルジャン・ムサカ」といいます。「パットルジャン」は「ナス」という意味ですから、わざわざ但し書きしてある訳です。

 ナスの原産地はインドです。伝わった国々での調理法が似ている野菜です。焼いて皮をむく、油で炒める、肉を詰めるなど、どこの国にもあります。

 アラブの「ムサカァ」は実にシンプルです。オリーブオイルでよく炒めたナス(輪切り)に、茹でたガルバンゾ(ひよこ豆)を混ぜ、玉ねぎをよく炒め被せ、トマトを被せて塩とコショウだけで味付けして、オーブンで40分焼きます。シンプルな分、飽きのこない味で、勿論、冷めても美味しい料理です。トルコも比較的に簡単です。焼く時間だけかかりますが。

 それに比べるとギリシャのムサカの手のかかる事といったら・・・・ギリシャのアテネ・オリンピックの時にお勧めでお出ししましたが、泣きました(笑)まず、ナスを縦に薄く切り、オリーブオイルで炒めて焦げ目をつけます。Dscn1964_1 その間にトマトソースとベシャメルソース、そして挽肉に味付けして準備しておきます。Dscn1966_1 ナスがしんなりしたら、皮が付いている方をバットかボウルに並べ、軽く小麦粉を降り、最初に作ったトマトソースをかけ、ベシャメルソースをかけ、それから挽肉をかけます。その上にもう一度、ナスを並べ、小麦粉を降り、トマトソース、ベシャメルソース、挽肉をかけた後、輪切りのトマトを並べます。(ふ~っ)まさに重ね焼きです。これを大きなバットに湯煎状態にしてオーブンで焼きます。180度で一時間くらいかかります。焼きあがったらひっくり返します。どうですか手間のかかる料理でしょ。 Dscn1968

 でも悔しいことに、この料理は本当に美味いんです。勿論、冷めてもいけます。パンとフェタ・チーズと一緒に食べたら、もうそこはエーゲ海です(笑)一緒に飲むのは松ヤニの香りを付けたレッツィーナかウゾが最高です。

 学生時代にギリシャを旅行して、エーゲ海の海辺のレストランでこの料理をいただき、その味に感動して、調理場に押しかけ、作り方を教わりました。ムサカは、パリのサンミッシェル界隈のギリシャ・レストランでも食べた事はあったのですが、味は雲泥の差でした。この味は子供から大人までいけますねえ。 ああ~地中海に行きたい~

Dscn1970

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