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2006年2月16日 (木)

江戸東京たてもの園へ

 そんなわけで小金井にある公園に行ってきました。住まいの吉祥寺からは近いので散歩がてらです。おまけに昨日は2月とは思えないほどポカポカ陽気。JR東小金井駅からバスで5分、問題は本数が日中は一時間に2本くらいしかないことです。公園の前は五日市街道、玉川上水ですから、このまま流されていけば家に帰れますね(笑)

 公園を歩いていると梅が咲き始めていました。Dscn1765

 目的の特別展は江戸東京たてもの園(入場料400円)を入った建物の中で行われています。タイトルは「できゆくタワーの足もとで」<昭和30年代のくらし>でした。昨年の11月23日から来月3月26日までの展示です。展示されてるものと開催期間から見る限り、映画「三丁目の夕日」とシンクロしたもののようですね。Dscn1768

 懐かしい品々が一杯です。そこここにいる年配の方々は皆さん早口で「あったあったあった」言うもんですからとアニメの奇声みたいに聞こえます。年配の方々に「お前はすでに死んでいる」なんていうのは洒落にもなりませんから、言葉を飲み込みました。まあ、今の年配の方々は、団塊の世代よりはるかにパワフルで元気ですから、心配はいらないでしょう。

Dscn1769  じっくり展示物を眺めながら子供の頃を思い出していました。大人になった僕を知る人には信じられないと思うのですが、あの頃は対人恐怖症気味で、友達と遊ぶよりも一人で妄想するのが好きな変な子供でした。鉛筆と紙があれば、どこにでも行けたものです(勿論空想の世界で)

Dscn1790  すっかり頭はあの時代になって外の建物を見て回りました。知らなかったのですが、都電7000形が静態展示されていて、驚きました。あれ、ボンネットバスもあります。これハセガワ(プラモメーカー)で出したやつです。ネタ元はここかあ。一人でつぶやいていました(あぶないなあ独り言)建物保存は大変だと思うのですが、何か物足りない感じは拭えませんでした。せめて街を作れば(ニセモノでもいいから)もっと生きた世界を感じられると思いました。Dscn1823

 子供の頃、廃止された松尾銅山の町に行った時の恐怖感が思い出されました。誰もいない銭湯、飲み屋、呉服屋、酒屋・・・・etc

 人を感じさせる展示(今飲んでいたような)をすればするほど、恐怖感に襲われます。たぶんTVドラマのインベーダーみたいな想像するからなんでしょうね。Dscn1807

 外はポカポカ陽気で、建物の中はヒンヤリ。不思議な感覚になっていました。「時間よ~とまれ」と言えば何もかも動かなくなってしまうような・・・「不思議な少年」(NHK)に出演してた太田博之さん、どうしてるんでしょうねえ、タバコ屋のお姉さんは黒柳徹子さんだったと記憶してます。

 ふしぎな感じのままJRに乗って現実に戻っていきました。蔵の中にあった武蔵野うどんは美味しかったです。讃岐のような腰のあるタイプではなくて、スイトンを伸ばしたような懐かしい食感でした。不思議だったのは皆さん食券買って、黙々と食べて黙って帰るんです。他人とのコミュニケーションを嫌う現代の都会人にも恐怖を覚えます。「ありがとう」「ごちそうさま」なんていう当たり前の潤滑油を発しなくなった社会がギスギスするのは当たり前なのかもしれません。

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コメント

本文で「松尾銅山」と書いたのは誤りでした。「松尾鉱山」(硫黄と硫化鉄)が正しい呼び名です。この時、八幡平を旅行したのですが、同時に訪れた秋田県の尾去沢銅山と記憶が一緒になったようです。同じ南部藩の所轄でした。40年前の記憶は当てになりませんねえ(笑)

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