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2006年2月23日 (木)

交通博物館に行った話

Dscn1932  今日、万世橋にある交通博物館界隈に 行ってきました。ご存知の方も多いと思うのですが、今年の5月14日(日)で閉館します。

 昭和11年から続いた建物がなくなってしまいます。ここに明治45年に中央線ターミナル駅(東京駅にそっくり・設計者が一緒です)が出来た頃から数えると長い年月が経ちます。Dscn1883

 最初は、昭和30年代半ばに父と訪れています。その後は中学の修学旅行、上京して学生の頃のデートなど思い出深い場所です。Dscn1907_1 陸軍の整備兵をしていた父は、2階にある疾風の誉エンジンを凝視していた事を思い出します。

 でも、今回の本当の目的はそれだけでありませんでした。もうひとつの目的は、この交通博物館に隣接する須田町界隈(食の老舗が集まる場所として有名)を写真に収めることもあったのです。学生時代、本郷に居を構え、何度か散策したことはあったのですが、田舎から上京した学生の身分には敷居の高い店ばかりでした。いつか暖簾をくぐれる日がくるだろうと思って四半世紀以上が経ちました(笑)

 神田連雀町(須田町一丁目・淡路町二丁目)は、江戸、明治から続く店が連立しています。「てやんでえ~神田の生まれよ」と落語などで聞いた「ちゃきちゃきの江戸っ子」というイメージがこの辺りにはあります。そしてこの界隈には、本当に素晴らしい建物が残っています。

Dscn1857 Dscn1862 Dscn1863

 スケッチ、メモを取りながらの散策は楽しいの一言でした。

 夕日が傾いた頃に万世橋を渡りました。ビルに攻め囲まれる老舗の神田連雀町と、使命を終える交通博物館、それから橋を渡った後の秋葉原の喧騒のギャップは、言葉を失います。新しいもので発展していく東京に暮らして、慣れたつもりでも、やはり、この世の中の流れの速さに戸惑うのです。何かが違うと思いながらも明確な答えがないもどかしさ・・・

Dscn1939_1 Dscn1935 Dscn1943

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